2024年3月13日11時1分12秒、スペースワン株式会社は和歌山県のスペースポート紀伊から「カイロス」ロケット初号機を発射したが、打上げ約5秒後に機体は指令破壊され、打上げは失敗した。筆者はこの打上げの様子を、海上から見学していた。後編では、海上からのロケット見学記、いよいよ打上げ当日の様子について紹介する。
カイロスロケットの概要や打上げ前日までの様子は前編をお読みください。
3月13日朝・船長アナウンスと強風
翌7時半過ぎ、目が覚めた私は、身辺整理を済ませてホールへ出た。
ディスプレイに表示された現在位置を見るに、もう室戸岬沖まで来たようだ。窓越しに陽が出て間もない海を眺めていると、7時50分に船長からのアナウンスが流れる。今後の航行予定と共に、カイロスロケットが打上げ予定であり、予定通りであれば船上から見学できる旨の案内もなされた。
ロケット打上げ時には船舶等へ事前通知を行うことがガイドラインで定められているため、もちろん今回の打上げはフェリー関係者も認知済みだ。それを乗客にも周知してくれるとは、なんとも粋な計らいである。
ただ心配なのは、この日は海上に強い風が吹いており、船外デッキが閉鎖され、外からロケットが見られない可能性があること。
もちろん打上げはガラス窓に遮られることなく見学したいが、このフェリーは打上げ見学のために運行されているわけではないため、デッキが閉鎖されればもちろん従わなければいけない。なんとか風が弱まることを祈りつつ、朝食の焼きたてクロワッサンを口へと運んだ。
3月13日午前・見えた!射点とロケット
10時半過ぎ、「ただいまから船外デッキがご利用いただけます」と船内アナウンスが入った。
どうやら自分は運が良い。打上げまで残り30分もないが、はやる気持ちを抑え、6階の船外デッキへと出た。ドアを開けた瞬間、潮風が全身にぶつかってくる。せめて打ち上がるまでは再度閉鎖されないでくれと願いつつ、射場であるスペースポート紀伊を探す。
今回のロケット見学には、とある困難があった。それは、射点がどこにあるのかハッキリわからないということだ。スペースポート紀伊は山中に位置しており、海からでも射点の様子が見られるのは一瞬だけである。また、射点が見えた後でも、船が時速約52km/hのスピードで進んでいるため、目を離せばすぐに見かけの位置関係が変わり、どこに射点があるのか分からなくなってしまう。初回の打上げのため、インターネットやSNSを頼ってみても情報は無いに等しい。
潮岬、そして隣に位置する紀伊大島を通過するころ、小型船が多く見られるようになってきた。おそらく、海上警戒区域を見張る船だろう。近くに射点があるのは間違いない。
血まなこになって射点を探していると、緑色の細長い建物と白い棒のようなものが見えた。時刻は10時50分、あれこそがカイロスロケット初号機である。今回の打上げでは射点近くの陸上に見学場が設置され、多くの見学者で賑わっていたが、見学場から射点上のロケットを見ることはできない。見ることができたのは、打上げ要員と報道ヘリ、そして船上から見守っていた人々くらいのものであろう。感動の一瞬である。
3月13日昼・打上げ、その直後──
感動もつかの間、ロケットは数分で見えなくなってしまった。射点の場所を忘れないようにと思っていると、あっという間に発射時刻だ。
11時1分12秒、白い機体がオレンジ色の光を出して飛び立つのが見えた。天候は快晴、青空にどんなロケットロードを描いてくれるだろうかと思う間もなく、機体は爆発した。大小の破片が爆散し、弧を描いて地上に落ちていくのがはっきりと見てとれた。
瞬く間に白い煙が大きくなり、どんどん空へと立ち上っていく。私の他にも何人か見学者がいたが、皆唖然という様子であった。私はおそらく指令破壊であろうと思いつつ、それ以上高度を上げられないのか、横方向へ広がっていく白煙を眺めていた。15分ほどすると、再び風が強くなったため、船外デッキが閉鎖となった。
エントランスに戻り、ぼーっとテレビを眺めていると、「打上げ失敗」の速報が流れていた。ニュースを見る人々は口々に、「さっきはすごかったね」とか「残念だったね」とか感想を言い合っている。成功にせよ失敗にせよ、同じ船に乗る人々がロケットを見た感想を共有し合っている姿というのは、なかなか感動的だ。どこかふわふわした気持ちのまま、昼食・入浴・夕食を済ませると、あっという間に横須賀港に到着した。洋上ではあまり電波も入らなかったため、打上げに関するあれこれを知ったのは到着後のことであった。
今回は、前後編にわたってカイロスロケット初号機の船上見学記をお届けした。再度似た時刻にスペースポート紀伊からロケットが打ち上げられる際、この記事が少しでも参考になれば幸いである。その際はあくまでも、フェリーが打上げ見学のために運航されているものではないこと、天候その他の事情によって通過時刻等が変わる可能性があることに留意してほしい。今度はぜひ、青い海と空にどこまでも続くロケットロードが見られることを願う。
執筆者プロフィール
加治佐 匠真(かじさ・たくま)
鹿児島県出身。早稲田大学卒業。幼い頃からロケットが身近な環境で育ち、中学生から宇宙広報を志す。2019年より宇宙広報団体TELSTARでライター活動を始め、2021年からはSPACE Mediaでもライターとして活動。主にロケットに関する取材を全国各地で行う。主な取材実績にH3ロケット試験機1号機CFT(2022)、イプシロンSロケット燃焼試験(2023、記事)、カイロスロケット初号機(2024、記事)など。