2024年7月8日から7月10日にかけ、東京・虎ノ門ヒルズフォーラムにおいてアジア太平洋地域最大級の国際宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE2024」が開催され、「最新の宇宙政策は日本の商業宇宙活動をどのように加速させるか?」と題したセッションが行われた。登壇者は以下の4名。
パネリスト
- 風木 淳氏(内閣府 宇宙開発戦略推進事務局長)
- 中須賀 真一氏(東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授)
- 石井 康夫氏(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA) 副理事長)
モデレーター
- 石田 真康氏(一般社団法人SPACETIDE 代表理事 兼 CEO)
日本の宇宙政策や宇宙開発・研究を代表する登壇者たちは、宇宙政策と商業宇宙活動の関わりについて何を語ったのか。この記事では、特に宇宙戦略基金へ焦点を当て、政府・アカデミアの代表者が語った、基金が民間企業・大学に与える影響と、JAXAの基金に対する取組みについて紹介する。
目次
宇宙戦略基金とアカデミア 競争から協力へ
セッション冒頭において、内閣府の風木氏から日本の宇宙政策の体制と方針、特に「宇宙戦略基金」について説明が行われた。
宇宙戦略基金は2023年11月のJAXA法改正によって設置されたもので、政府が「輸送」「衛星等」「探査等」の3分野で技術開発テーマを設定。スタートアップをはじめとする民間企業や大学等が最大10年にわたって大胆に技術開発に取り組めるよう、宇宙分野の資金配分機関としてJAXAに新たに基金を設置し、総額1兆円の支援を行う(関連記事)。
風木氏によれば、同基金ではアンカーテナンシー(政府が民間企業の開発した製品・サービスを継続的に購入すること)による宇宙ビジネスの好循環を生み出すことも重要視しているという。
宇宙戦略基金が日本のアカデミアへ与える影響について問われると、東京大学の中須賀氏は、宇宙分野の研究開発予算を確保する際、これまでは科研費(科学研究費助成事業)など全ての学術分野の中から競争して予算を獲得する必要があったとし、「宇宙戦略基金によって、はじめて宇宙分野から予算を獲得できるようになった。大学の研究者も自分がやりたい研究だけでなく、政府の方向性に合わせ、研究内容をアピールして予算を確保することが必要になる」と述べた。
また同基金のメリットと期待について、これまでは科研費の競争もあり大学間での協力ができなかったとしたうえで、「大学同士を有機的に組み合わせ、日本の宇宙技術を伸ばし、新しいプロジェクトを起こせるよう、基金を使ってガイドできるようになる、大学がそれぞれの技術分野の拠点となり、日本全体の中のピースとして動いていくような世界になれば」と語った。
宇宙戦略基金とJAXA 成功へ向けての取組み
宇宙戦略基金はJAXAに設置されているが、JAXAの同基金への取組みについて問われると、JAXA副理事長で同基金の担当理事も務める石井氏は、世界の宇宙機関は研究開発機能と同時に資金提供機能を持っていることが多く、資金提供ができないJAXAのほうが珍しかったとした。また、「これは『JAXA基金』ではない」と述べ、あくまでも政府がテーマを設定したうえで、JAXAは同基金の運用に責任を持つ存在であると強調した。
同基金の運用体制については、2023年夏から準備室を設置し、検討を進めていたという。2024年7月1日からは宇宙戦略基金事業部が立ち上げられ、すでに公募が開始されている(参考記事)。
なお、同部を本務とするメンバーは50名だが、他部署で研究開発やプロジェクトに携わっている専門家約50名も、10~20%の割合で技術的なサポートに参加することとしており、総勢100名体制で同基金の事業に取り組むという。
この体制構築について、石井氏は「これは簡単なことではなく、他の役所から約10名の方を派遣いただいたり、招へい職員を募集したりと、いろいろなやり方で人材を集めた。また、新事業促進部を主として、いままで産業振興に関わる経験をしてきたメンバーも投入している。資金提供によって産業振興を進めていく仕事には経験が必要なので、J-SPARK(宇宙イノベーションパートナーシップ、民間事業者・JAXA間で結ぶ)やSBIR(中小企業技術革新制度)等で得た知見を活用しながら体制を整えた。JAXAとして宇宙戦略基金を成功させるために、優先度高く取り組んでいる」と述べた。
産業競争力も強化するために 共創活動の継続もカギ
モデレーターの石田氏は、約20年にわたり経営コンサルタントとして宇宙業界の政府機関・企業を支援した実績を持ち、宇宙戦略基金の全体運営を担うプログラムディレクターを務めている。同氏から問題提起として、「日本は技術力を産業競争力に転換しきれていない面がある。宇宙戦略基金においても、技術開発支援と同様に、その技術をいかに転換するかが大事かと思う」という発言がなされた。
中須賀氏はこれについて、まず政府が民間企業の顧客になり、それによって企業が成長する中で民需が起こってくるものであるとし、「このようなダイナミクスを日本でもうまく作れればよいと思う」と述べた。
加えて、海外展開しなければ宇宙産業の市場は拡大しないとして、「日本国内でPoC(新たなアイデア、概念の実証)を回してから海外展開をするのではなく、最初から海外でPoCを現地と一緒に回していくことが重要だ」とも述べた。
技術力と産業競争力に関して、JAXAはすでにJ-SPARKやSBIRの取組を通じて、民間企業との連携を行ってきた。石井氏はこれまでの活動を通して感じた手ごたえや難しさについて問われると、J-SPARKなどの活動により、JAXAの中に民間との共創活動がかなり根付いたとし、「今まではJAXAとの共同研究という形だったが、共創活動を通じて、(企業・大学が主体となった)良いアイデアが育ってきた。(宇宙戦略基金のような企業・大学主体の活動だけでなく)共創活動も大切であると感じている」と述べた。
一方、「宇宙戦略基金事業部の立ち上げにより、今までのように共創活動へマンパワーをかけられない状況になった」とも述べ、「時間軸を意識して、今はまず基金を成功させるために注力するが、将来のために新しい芽を出していく活動も絶やしてはならない。難しいが、これを(JAXA内の)人を育てながらやらなければならない」と課題感をにじませた。
この記事ではSPACETIDE2024において政府・アカデミアの代表者が語った、宇宙戦略基金が民間企業・大学に与える影響と、JAXAの基金に対する取組みについて紹介した。
宇宙戦略基金の運用機関であるJAXAは、限られたリソースの中で基金成功のために行動しはじめており、2024年8月13日現在、17テーマの公募が行われている。10月頃には採択結果が公表される予定であり、まずはどのような事業者・研究者が採択されるのかに注目したい。
著者プロフィール
加治佐 匠真(かじさ・たくま)
鹿児島県出身。早稲田大学卒業。幼い頃からロケットが身近な環境で育ち、中学生から宇宙広報を志す。2019年より宇宙広報団体TELSTARでライター活動を始め、2021年からはSPACE Mediaでもライターとして活動。2024年7月よりSPACE Media編集部所属。主にロケットに関する取材を全国各地で行う。主な取材実績にH3ロケット試験機1号機CFT(2022)、イプシロンSロケット燃焼試験(2023、記事)、カイロスロケット初号機(2024、記事)など。