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将来宇宙輸送システム、独自の試験場でロケット離着陸試験実施へ 成功のカギは「アジャイル」と「独自プラットフォーム」

Credit: ISC社ミッション説明会資料より

将来宇宙輸送システム株式会社(以下、ISC社)は2024年8月14日にミッション説明会を行い、小型ロケットを使用した離着陸試験ミッション「ASCA hopper」を開始したと発表した。同社が取り組んでいる、宇宙往還を可能とする宇宙輸送システム「ASCAプロジェクト」構想の実現に向けた、第1段階の試験ミッションとなる。

この記事では、ミッションの位置づけや2つの特徴、ハイライトである離着陸試験の概要について紹介する。

ミッションの位置づけ 必須の着陸技術習得へ

ISC社は、2040年までに「高頻度・大量・安価」な宇宙輸送システムを実現する「ASCAプロジェクト」に取り組んでいる。同プロジェクトでは、2028年までに100kg級の小型衛星を打ち上げる再使用型ロケット、2032年までに有人飛行可能な再使用型ロケットを開発し、サービス提供する予定だ。

Credit: ISC社ミッション説明会資料より

「ASCA hopper」は、このプロジェクトの第1段階となる試験ミッション。より大型の機体開発を見据え、再使用型ロケットの開発能力を獲得することが目標だ。

再使用型ロケット開発の段階は、発射してから宇宙空間に到達するまでの「前半」、宇宙空間から地上・海上に着陸するまでの「後半」に分類でき、前半は日本も成熟した技術を持っている。しかし、後半はJAXA宇宙科学研究所が行った「RVT」ロケット実験や机上シミュレーションなどの研究レベルにとどまっており、習得できていない技術も多い。

未成熟である後半の技術蓄積には時間がかかるため、順番通りに前半から後半へと開発を進めていては、再使用型ロケット技術を早期に完成させることができず、開発コストが増大してしまう。これは、スタートアップで開発資金が限られているISC社としては避けたい事態だ。

また、政府は2028年頃に小型衛星コンステレーションを構築することを目標としており、これによる小型衛星打上げ需要の創出が見込まれている。同社代表取締役の畑田氏も、「少なくとも2028年までに打上げサービスを開始し、小型衛星打上げ市場に参入したい」と述べた。

そこで、ASCAプロジェクトでは先に後半の開発に取り組むことで、再使用型ロケット技術を早期に完成させることを目指している。同プロジェクトの第1段階としてASCA hopperミッションが開始されたのも、このような理由によるものだ。

ミッションの特徴 「アジャイル」と「独自プラットフォーム」

ASCA hopperミッションには2つの特徴がある。それは、「アジャイル開発」と独自の研究・開発プラットフォーム「P4SD」だ。

アジャイル開発 素早さ重視でドローン部品も活用

通常、ロケット開発は年単位のスケジュールで進行するのが一般的であり、驚異的なロケット開発の早さで知られるSpaceX社も、2002年の創業から同社初のロケット打上げまで4年の歳月を要した。

機体サイズやエンジン方式に違いはあるものの、ISC社は創業1年半ほどで機体開発に着手し、2024年1月の開発開始から7カ月でエンジン燃焼試験まで行い、2025年以降には地上離着陸試験を実施する予定だ。このようなISC社のロケット開発速度を実現しているのは、「アジャイル開発」である。

アジャイル開発は近年宇宙開発においても採用されることが多く、国内の宇宙輸送事業者であるスペースワン社も採用している(参考記事)。ISC社の「アジャイル開発」は、少数精鋭のチーム一丸となって開発にあたり、計画を柔軟に更新、低コストの試験を繰り返していくというもの。文字通り「アジャイル=素早さ」を最重要視した開発体制だ。

例えば、機体開発の面では、ドローンに使用されるような既製部品を、ロケットの頭脳にあたる搭載計算機「OBC」に採用した。また、開発体制の面では、同じく宇宙輸送機開発に取り組むPDエアロスペース社や、航空産業企業であるJALエンジニアリング社などと提携して開発人員を確保。このような自社開発・自社完結にこだわらない姿勢によって、アジャイルに開発を進めている。

ミッションについて説明するISC社代表取締役 畑田康二郎氏(右)とミッション責任者 榎並京次郎氏(左)

独自プラットフォーム「P4SD」 全データを全メンバーが共有

畑田氏は、「いまのところ、アジャイル開発を選択したことによるデメリットはない」と述べたが、この安定したアジャイル開発をもたらしているのが、「P4SD」とよばれる独自のプラットフォームだ。

P4SDは同社が開発した研究・開発プラットフォームで、設計や試験結果、その後の分析・改善にいたるまで全てをデータ化し、クラウド(AWSを使用)上に集約、一元管理できる。開発メンバー全員が、いつでもどこでも、同じ情報を得られるような環境を提供するP4SDは、少数精鋭で開発にあたる同社にとって欠かせないプラットフォームである。

P4SDの概要図
Credit: ISC社ミッション説明会資料より

すでにP4SDによる試験制御・データ収集は実証されており、クラウド側からの試験機器制御や収集データのリアルタイムなクラウドへの格納、過去の試験データ再現などが確認できたという。

また、P4SDにはロケットの飛行解析ソフトウェア機能も搭載されており、射場やロケット性能などのパラメータを入力すると、入力データに応じた軌道シミュレーションや3Dフライトマップを出力できる。

ISC社によれば、同社はミッションに応じた製品を素早く企画・設計・製造・試験する「開発能力」を最重要視している。この開発能力蓄積のためにも、P4SDは重要なプラットフォームだ。なお、記者からP4SDを販売する考えがあるのか問われると、畑田氏は「ロケットを作っている他社へ、P4SDをぜひ提供したいと思っている」と販売する可能性を示したが、詳細は未定だという。

離着陸試験の概要 串本町に独自試験場を整備

ASCA hopperミッションのハイライトである地上離着陸試験では、全長4m、直径2m、燃料と機体あわせて743kgの機体を、10mの高さまで飛翔させたあと、着陸させる。飛行時間は10秒。

ASCA hopper機体の概要図
Credit: ISC社ミッション説明会資料より

ISC社によれば、同実験は2025年以降に和歌山県串本町で実施するが、スペースワン社が串本町の海岸沿いに所有している射場「スペースポート紀伊」ではなく、ISC社が山側に借りたスペースに、清水建設と協力して整備した試験場で実施するという。なお、清水建設は同射場の建設へ協力した実績を持つ。

串本町や和歌山県では、スペースワン社との取組みなどを通じて宇宙開発へ対する理解が進んでいる。このような背景のもと、自治体からスムーズに許認可を得られたことが、今回串本町で試験が行われる決め手となった。

同試験場では、2024年10月にロケットエンジンと機体の制御機器を組み合わせた状態での統合燃焼試験も実施予定だ。

エンジン断面図。推進剤は液体メタン・液体水素を使用、加圧ガスによりエンジンへ送り込む。最大推力は7400N(参考:インターステラテクノロジズ社のMOMOロケットは14000N)
Credit: ISC社ミッション説明会資料より

ロケット飛行には飛行安全とよばれる安全の確保が不可欠だが、ミッション責任者の榎並氏によれば、試験時に立ち入りできない区域である保安区域を、H3ロケットの打上げにも用いられる計算式を使って算出・設定したという。

また、機体はコントロールを失ったときに備えて、地上からの停止指令送信と機体側の計算機による停止判断という、冗長性を持った緊急停止システムを装備している。

停止方法についても、ゆるやかにエンジンを停止して着陸する方法と、強制的にバルブを閉鎖・開放してエンジンを停止させる方法を選択することができ、確実に保安区域内で機体を地上へ落とせるようにしているという。

なお、畑田氏によれば、ASCA hopperミッションの安全性に関する業務はPDエアロスペース社と提携して実施しており、同社が沖縄県下地島で航空機試験を実施した経験(参考記事)を活かしながら、安全確保の取組みを進めているという。

この記事では、ASCA hopperミッションの位置づけや2つの特徴、ハイライトである離着陸試験の概要について紹介した。「ASCA」というミッション名は、日本が海外の制度や技術を取り入れ、急速に文明化が進んだ「飛鳥時代」から名付けられている。様々な技術を柔軟に取り入れ、素早くプロジェクトを進めることができるのか。まずは今年10月に行われる統合燃焼試験と、来年以降に行われる地上離着陸試験の成功がカギになりそうだ。

著者プロフィール

加治佐 匠真(かじさ・たくま)
鹿児島県出身。早稲田大学卒業。幼い頃からロケットが身近な環境で育ち、中学生から宇宙広報を志す。2019年より宇宙広報団体TELSTARでライター活動を始め、2021年からはSPACE Mediaでもライターとして活動。2024年7月よりSPACE Media編集部所属。主にロケットに関する取材を全国各地で行う。主な取材実績にH3ロケット試験機1号機CFT(2022)、イプシロンSロケット燃焼試験(2023、記事)、カイロスロケット初号機(2024、記事)など。

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