
7月8日(水)〜10日(金)に、東京・虎ノ門エリアで開催された宇宙ビジネスカンファレンスSPACETIDE 2025。レポートの第二弾では、日本におけるユニコーン・スタートアップ創出、そして世界の投資マネーの動向という観点から、日本語セッション「次の10年の覇者となる宇宙ユニコーンの要件」と、英語セッション「世界経済と地政学が導く次の10年の宇宙投資マネーの動き」の模様をダイジェストでお伝えします。
目次
宇宙ユニコーン、そして兆円産業創出へ ―いま日本ができることとは
7月9日に行われたセッション「次の10年の覇者となる宇宙ユニコーンの要件」では、日本の宇宙スタートアップの成長要因と、次世代の兆円産業創出に向けた戦略が議論されました。

UntroD Capital Japan株式会社 代表取締役
永田暁彦 氏(モデレーター)
将来宇宙輸送システム株式会社 代表取締役社長兼CEO
畑田康二郎 氏
経済産業省 イノベーション・環境局 スタートアップ推進室長
富原早夏 氏
株式会社三菱UFJ銀行 サステナブルビジネス部 宇宙イノベーション室 室長
橋詰卓実 氏
インキュベイトファンド 代表パートナー
赤浦 徹 氏
一般の認知を得るまでに成熟しつつある日本の宇宙産業エコシステム
ここ数年、日本の株式市場で宇宙スタートアップが相次いで上場しています(参考記事1、参考記事2)。
この状況を、経済産業省から宇宙スタートアップ起業に転じた将来宇宙輸送システム(ISC)創業者の畑田氏は、2015年時点でベンチャーは10数社程度しかなかった宇宙業界が、最近の上場企業の出現により、そのビジネスモデルが一般投資家に理解されるレベルまで成熟したと分析。より大きな資金調達が可能になることで、人材の流入と産業成長の循環が実現されるようになったとの見方を示しました。
これを受け、経済産業省でスタートアップ政策を担当する富原氏は、宇宙産業は国境を越える大規模な事業となりやすく、周辺産業を巻き込む力があることが魅力だと説明。
また、人材動向として、2023年から2024年にかけて転職者の4分の1がスタートアップに流れ込み、特に40代以上では2015年比で7.1倍に増加したことも紹介しました。その受け皿のトップは宇宙スタートアップだということで、モデレーターの永田氏も「実体経済レベルでの期待が高まっている」と応じました。
日本の宇宙スタートアップに勢いがつく中、「成功する宇宙スタートアップの共通点」を問われた赤浦氏は、まずもって経営者の「諦めない姿勢」が重要であり、強い志があることが第一条件だと断言。ベンチャーキャピタル(VC)として、宇宙スタートアップをはじめ数々の企業を支援してきた同氏の言葉には、成功する事業の根幹には“人の意思”があるということが感じられました。
「SpaceX一強」の世界観で戦うためのロールアップ戦略の可能性
セッション後半では、日本の宇宙産業の「兆円産業」化に向けた議論が行われましたが、赤浦氏は、SpaceXが圧倒的優位を誇る中でどう戦うかを考えるべきだと投げかけました。
これに対し、SpaceXと同様に宇宙輸送ビジネスを手がけるISCの畑田氏は、SpaceXと正面から勝負するのではなく、SpaceXが担えない需要を狙う戦略の重要性を指摘。日本企業が得意とする、緻密で品質の高いサービス提供領域での差別化が有効だと見解を示しました。
後半の議論で大きな焦点となったのは、連続的なM&A(企業買収)を行う「ロールアップ戦略」です。
銀行として企業への投融資を行う立場の橋詰氏は、同社が出資する米宇宙企業Sierra Spaceなど海外の宇宙スタートアップが、明確なビジョンをもちつつも時流に対応して柔軟に戦略転換を行い、必要な技術をもつ企業を買収して成長している事例を紹介しました。
そのうえで橋詰氏は、日本でもEV(電気自動車)化による自動車産業サプライチェーンの再編が起きている中で、宇宙産業側がティア2、3企業をロールアップする可能性に言及。さらに金融面では、日本のスタートアップへの直接投資は0.8兆円に留まる一方、国内の預貯金などを含めた間接金融の規模は640兆円に上ることから、この資金を活用できる仕組みづくりが重要だと指摘しました。
成功するスタートアップの条件から、日本としていかに宇宙ビジネスを「兆円産業化」するかまでが議論されたこのセッション。終盤では、日本の産業全体を見たとき、既存の製造業による知見や技術の蓄積があり、また巨大な金融資産を抱えていることも日本の強みだと指摘されました。いま日本がもつ資源をいかに有効活用して宇宙産業振興、ひいては日本経済全体の底上げにつなげるかが、官民それぞれのアクターに問われているといえます。
多極化する世界の宇宙産業 ―日米中の投資動向を探る
7月10日のセッション「世界経済と地政学が導く次の10年の宇宙投資マネーの動き」では、宇宙産業に対する世界的な投資マネーの動き、そして地政学的状況を見据えた今後の展開が議論されました。

European Space Policy Institute(ESPI)Research Fellow
João Falcão Serra 氏(モデレーター)
Orbital Gateway Consulting Founder
Blaine Curcio 氏
日本政策投資銀行 企業金融第2部 航空宇宙室長
甘木大己 氏
Bryce Space Global Managing Director
Simon Potter 氏
米国の投資過熱は一服、宇宙産業は多極化の時代へ
セッションの冒頭、モデレーターで欧州の独立系シンクタンク・European Space Policy Instituteの研究員であるJoão Falcão Serra氏が昨年のグローバル宇宙投資動向を紹介しました。
同氏によると、2024年に世界の宇宙関連企業が調達した資金の総額は69億ユーロ(約1兆1,800億円)。これは2021年以降続いていた下降トレンドから回復傾向ではあるものの、ピークだった2021年を33%下回る水準で、その主な要因には米国市場の構造変化があるとのことです。
この背景として、Serra氏は金利上昇の影響とエコシステムの成熟を挙げました。
なお、2021年がピークとなった要因については、SPAC(特別買収目的会社)による企業の早期上場が影響したと分析。SPAC上場では通常の上場プロセスを経ないため短期間で多額の資金調達が実現したものの、これが一過性の過熱を招いたとしました。
また、注目すべき傾向として、西側諸国の投資が減少する一方で、欧州と中国がグローバル投資に占める割合を着実に増加させている点を指摘。これまでは米国市場の動向を見ればグローバルの投資トレンドを把握できていましたが、現在は各地域固有の事情や特殊性を把握することが必要だとしました。
中国における宇宙産業への投資 国より自治体レベルが中心
これをふまえ、Serra氏は中国の宇宙産業に特化したコンサルタントで中国事情に精通するBlaine Curcio氏に同国の宇宙ビジネス事情を尋ねました。
Curcio氏は、中国の宇宙関連投資の特徴として、国家レベルよりも省・市レベルの自治体が投資主体となっている実態を紹介。30あまりある省のうち25省、100以上の都市が宇宙産業投資ファンドを保有しているとしました。
一方、打上げ・衛星製造のいずれも企業数が飽和状態に。企業間での人材移動が頻発するなどしてスケールアップが困難な状況もあるなど、投資の出口に課題があると指摘しました。
そして、国内消費者市場は限定的で、政府調達も国有企業が独占していることや、輸出も国有企業を通じた政府間取引が中心となっていることなど、中国政治体制に根ざした特有の事情があると語りました。
投資環境が充実しつつある日本の宇宙産業 国際化・市場拡大に向けて
続いて、日本政策投資銀行の甘木大己氏が日本の状況を紹介。
2017年頃は投資家不足の傾向があったものの、政策の後押しもあり金融環境は大幅に改善。ベンチャーキャピタル(VC)やコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)、銀行等、多様な投資家が参入する投資環境になったと解説しました。
また、国内でのサプライチェーン構築やグローバルリーダー志向の企業がある中で、次の課題は市場拡大だと指摘。ダウンストリームのユースケース開発が必要と語り、国際化に向けては、これまでの内向き志向から転換し、国としてアラブ首長国連邦(UAE)へ代表団を派遣するなど積極的な展開を進めているとしました。
防衛・安全保障に投資が集中するアメリカ 無視できない関税の影響
最後に、宇宙・防衛領域の投資家に向けコンサルティングを手がけるBryce Space GlobalのSimon Potter氏は現在の米国の主要トレンドを紹介。
この1、2年で防衛・国家安全保障分野への投資集中が顕著にみられ、この傾向は今後数年変わらないだろうという見通しを語りました。また、食料・水・エネルギー安全保障の領域で宇宙の重要性への認識が拡大していることも指摘しました。
さらに、冒頭でSerra氏が言及したSPAC上場による市場過熱は依然投資コミュニティに「傷跡」を残しているとし、優良企業は調達が可能なものの、より厳格な事業計画の説明が求められるようになったと説明。
また、トランプ政権の関税政策について、その影響は不確実性が高いとしながらも、宇宙産業においては垂直統合型の企業とコンポーネント輸入依存企業とで競争力格差が生じる可能性があると語りました。
各パネリストとも、地政学的緊張が高まっているという点で意見が一致。また今後の情勢の不透明さも共通して指摘されました。一方で、宇宙産業はこの状況からそれほどネガティブな影響を受けるわけではないという意見も出ました。
アメリカだけでなく中国や欧州での投資伸長が見られるようになっているいま、宇宙ビジネスは「グローバル」と一括りに見るのではなく、各国・エリアごとによりきめ細かく情勢を分析していくべきフェーズに入ったのかもしれません。