宇宙ビジネス領域で大きな注目を集める「宇宙戦略基金」。

非宇宙企業として宇宙戦略基金第一期事業の代表機関として採択された株式会社INDUSTRIAL-Xは、ものづくり業界のDX支援を行ってきた実績をもとに、衛星製造にかかわるサプライチェーン構築のフィージビリティスタディに取り組んでいます。

後編となる本記事では、非宇宙領域から参入したからこそ見える業界の姿や、今まさに進行しているフィージビリティスタディの現状、その先に見据える将来像をお話しいただきました。

前編はこちら

**八子知礼（やこ・とものり）**
株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役CEO
1997年松下電工（現パナソニック）入社、宅内組み込み型の情報配線事業の商品企画開発に従事。その後、介護系新規ビジネス（現パナソニックエイジフリー）に社内移籍、製造業の上流から下流までを経験。さらに、複数のコンサルティングファームを経て、2014年にシスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信／メディア／ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。
2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長としてさまざまなエコシステム形成に貢献。2019年4月にINDUSTRIAL-Xを創業、代表取締役を務める。2020年10月に広島大学AI・データイノベーション教育研究センター客員教授就任。著書に『図解クラウド早わかり』（中経出版、2010）、『DX CX SX』（クロスメディア・パブリッシング、2022）など。

**安藤彰浩（あんどう・あきひろ）**
株式会社INDUSTRIAL-X 事業開発リーダー
新卒で西条市役所（愛媛県）に入庁し、公務員として約10年間勤務。その間に国土交通省外局の観光庁へ2年間出向し、インバウンドの地方誘客を担当して北海道釧路市をはじめとするモデル都市創出の支援に従事。市役所への帰任後は観光部門に1年間配属されたのち、農業部門へ異動。スタートアップ企業とともに農業領域における衛星データ利活用の実証実験などに取り組む。その後、INDUSTRIAL-Xに入社し、現在は宇宙戦略基金プロジェクトの担当者として、非宇宙産業と宇宙産業の橋渡し役を務める。

1 非宇宙の企業だからこそ見える、日本の宇宙業界の課題と可能性
2 宇宙はリアルなビジネス領域　日本から世界、世界から宇宙へ視野を広げる
3 製造業と宇宙産業の融合に向けて
4 【12/12（金）開催】東京大学中須賀氏、ispace 袴田氏、ISC 畑田氏も登壇　Conference X 2025
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非宇宙の企業だからこそ見える、日本の宇宙業界の課題と可能性

非宇宙領域の企業として宇宙のものづくりの場に飛び込んだ八子氏と安藤氏ですが、専門性が高く特殊だと思われがちな宇宙産業に入ってみて感じた実感をこう語ります。

「宇宙業界は特殊だと言われることが多いですが、実際にこの業界に入ってみると、私たちがこれまで製造業のお客さまをご支援する中で伺ってきたことと共通する部分も多いんです」（八子氏）

「具体例で言うと、一般的な製造業の現場では、エクセルの帳票や図面データをメールで送って関係者間ですり合わせするケースがよくありますが、衛星の開発でも同じようなことをされていると聞きますし、共通点は多いと思います」（安藤氏）

そういう意味で、INDUSTRIAL-Xがこれまで製造業支援で築いてきたナレッジが活かせている一方、宇宙業界独特の課題もあると八子氏は指摘します。

「他の製造業と比較して、仕様が曖昧なまま開発が始まるケースが多い点は問題だと思います」（八子氏）

つまり、宇宙開発の現場では「大まかに、こういった性能の部品はできないか」といったような依頼がメーカーに入り、実際に製作に移れるような仕様に落とし込む作業からメーカーが担う状態になっているということ。「仕様づくり」から開発に付き合える企業だけが依頼を受けられる状態になっていることから一部の企業に技術・知見が蓄積し、結果的に宇宙領域でものづくりを担える企業が限られたものになってしまう…という状況になっているといいます。

また、ものづくりビジネスの観点から見ても、発注側がある程度仕様を固めたうえで発注し、受注側がものづくりの視点から製造の可否を答えて仕様を確定するようにならなければ、責任分界点^※が曖昧になる、と懸念を示します。

※責任分界点：ある製品や取引の間で、設計者や製造者など、それぞれが責任を負う範囲を分ける境界のこと

こうした状況に対し、八子氏はこの2、3年で急激に発展している生成AIの活用を提案します。

「インターネット上でさまざまな事例や論文がオープンになっているので、生成AIに『あるパーツの仕様を教えて』と問いかければまあまあの水準の仕様案が出てきます。これに、発注する側・製造する側の視点で指示を重ねれば、だんだん仕様が洗練されていきます。もちろん、最終的に妥当な仕様かどうかは専門知識のある人間が判断すべきですが、今のように仕様が非常に大雑把にしか出ていない、という状況ではなくなります」（八子氏）

生成AIなどの登場により、ものづくりのあり方は急速に変わりつつあるといえます。宇宙領域においても、新たな手法を取り入れていくことは、宇宙ビジネスの本格化に向けて避けて通れないことでしょう。

宇宙はリアルなビジネス領域　日本から世界、世界から宇宙へ視野を広げる

INDSTRIAL-Xのように、宇宙ビジネスに新たに参入する企業を増やすには、どうしたらよいでしょうか。

八子氏は、宇宙を「夢物語」ではなく「リアルなビジネス領域」として捉える時期に来ていると話します。

「つい先日、H3ロケットが飛びましたし、HTV-Xが生鮮品を宇宙ステーションに運んでいますよね。まだ試行錯誤の技術領域があるとはいえ、安定して使える技術も増えており、こうした話が日常的にある世界をイメージしてもらえばいいのだと思います。地球上で『マーケットがない』と嘆いているなら、宇宙があります。目先の地球、日本だけで考えるとこの10年、20年をどうするかという考えになりますが、宇宙にも視野を広げてほしいです。私が子どもの頃はガンダムやスペースコロニーはSFの世界の話でしたが、それが手の届くような距離感になってきた。特に若い世代の人には、自分の代でそういう領域にチャレンジしようという夢をもってほしいですね」（八子氏）

そして、安藤氏は宇宙にまつわる「わからなさ」を紐解くことの重要性を指摘します。

「宇宙が特別な領域ではなくなるという発想、当たり前に、身近にある仕事の一つとして、宇宙ビジネスへの進出が捉えられるようになることが必要だと思います。宇宙産業が特別に思われるのは、『よくわからない領域』が非常に多いからだとも思いますので、そういった難しさを紐解いて、解像度高く、多くの方に提示することも、私たちの役割の一つかなと思っています」（安藤氏）

製造業と宇宙産業の融合に向けて

INDUSTRIAL-Xが非宇宙企業として宇宙戦略基金に取り組んでいることは、宇宙ビジネス参入を考える企業にとって大いに参考になる事例ですが、現在進行中のフィージビリティスタディの先には、どのような展望があるのでしょうか。

現場で実働を担う安藤氏は、「検討で終わらせず、実際に衛星メーカーや部品・機器メーカーの人々にもメリットを感じてもらえるよう実装までつなげていきたい」と意気込みを語ります。

また、八子氏は、同社が2022年4月1日にエイプリルフールの企画として発表した「子会社・INDUSTRIAL-X SPACE設立」を2030年までに実現したいと語ります。INDUSTRIAL-X SPACEのミッションは、金属加工業の人々を宇宙ビジネスに連れていくためのプラットフォームを構築することと語ります。

「当社は製造業や宇宙ビジネス領域でのプラットフォーム構築を掲げていますが、プラットフォームでのものづくりにはリファレンスモデルが必要です。私たちは非宇宙から参入したばかりの新参者ですから、標準化・効率化を通じて、リファレンスモデルづくりに貢献していきたいです」（八子氏）

非宇宙領域から宇宙ビジネスへ。INDUSTRIAL-Xの取り組みは、ある1社の宇宙ビジネス参入という以上に、日本の製造業が宇宙ビジネス参入へ舵を切るきっかけとなりうる重みがあるといえます。

非宇宙領域で培われた知見と経験が宇宙産業と交わることで、宇宙ビジネスがさまざまな産業分野に広がっていく。そんな未来が描けるようになるのかもしれません。