宇宙旅行 ―それは人類が長年憧れ続けてきた冒険の領域。かつては夢のまた夢であった宇宙旅行が、今や一般の人々でも実現可能なものになりつつある。米国やロシアでは、すでに宇宙開発を手掛ける民間企業が豪華な宇宙船や壮大な宇宙の眺望を、宇宙ツアーとして人々に提供している。そして近年、日本の民間宇宙企業も宇宙旅行サービスの立ち上げに向けた準備を進めており、近い将来商業化される予定だ。
本記事では、宇宙旅行ビジネスに取り組む複数の企業の現状と今後の動向について見ていく。
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目次
宇宙ビジネス市場は2040年に120兆円に、宇宙旅行も拡大
宇宙開発の進展とともに、世界の宇宙ビジネス市場は拡大を続けている。
米モルガン・スタンレー社が2020年に公表した市場予測によると、宇宙ビジネスの市場規模は、2020年の43兆円(3,780億ドル)から2040年には120兆円(1兆530億ドル)に拡大する見通し。なかでも、その成長をけん引するのは衛星サービスだとされているが、今後、サブオービタル軌道(放物線を描く軌道で宇宙空間に達し地上に戻るもの)の宇宙旅行サービスや、2地点間高速輸送サービスの商業化も期待されている。
文部科学省は、2040年代前半に想定されるサブオービタル宇宙旅行は年間8,800フライト、地球低軌道の宇宙旅行で年間21フライトという市場概況を予測。
宇宙旅行の価格は、数千万~数十億円と高額であることから、当面は富裕層による参加が中心とみられるが、旅行サービスの提供増加により市場は急速に拡大していくことが推測できる。
数分間から1週間以上の滞在まで!宇宙旅行の種類
現状、世界中で実現している宇宙旅行のプランは「サブオービタル旅行」と「オービタル旅行(地球周回旅行)」の2つに大別される。
サブオービタル旅行は、宇宙空間と大気圏の境界線にあたる高度80~100kmまで上昇して、数分間の無重力体験や宇宙から地球を見るといった体験ができるというもので、準軌道旅行とも呼ばれる。
一方、オービタル旅行は、国際宇宙ステーション(ISS)が地球を周回している高度400km以上の軌道に達して地球を周回したり、ISSにドッキングしたりして、数日間から1週間程度宇宙に滞在するというものだ。
このほかにも、複数の企業が実現に向けて進めているプランとして「月周回旅行」が挙げられる。
宇宙旅行ビジネスに取り組む米国の民間企業5社
米国では数々の民間企業が、我々の想像を超える宇宙への旅のプランを提供している。一部の企業ではすでに商業運航を開始しており、他社も近い将来、その足跡を辿る予定だ。
以下では、宇宙旅行サービスを展開する米国の民間企業5社を取り上げ、宇宙旅行サービスの現状と今後の動向について探る。
SpaceX「ISS滞在旅行、8日間の宇宙生活を体験」
イーロン・マスク氏率いるSpaceXは、同社が開発した有人宇宙船「クルードラゴン」を利用したISS滞在旅行を提供している。
高さ8m、直径4mのドラゴン宇宙船は、ケネディ宇宙センターの発射台から、同社のファルコン9ロケットによって打上げられる。
ISSへのドッキング後、参加者らは宇宙飛行士が活動するISS内で8日間過ごした後、再びドラゴン宇宙船で地球に帰還するという流れだ。
ISSでの滞在期間は8日間、移動を含めると合計10日間のプログラムとなる。
同社は2023年5月、米アクシオム・スペースが運営するISSへの2回目となる民間宇宙飛行ミッション「AX-2」を実施し、サウジアラビアの宇宙飛行士を含む4名を宇宙へと送った。
ツアー料金については公表されていないが、米航空宇宙局(NASA)による試算では、1席あたり約5,500万ドル(約60億円)が必要だという。
さらに、SpaceXはISSにはドッキングせず、地球の軌道上を周回する「自由飛行」によるツアーも販売している。このツアーでは、ISSが周回する高度の2〜3倍(高度約800~1,200km)の高度に到達し、3~6日間の飛行をすることになっている。
スペースアドベンチャーズ「10日間のISS滞在旅行」
米国の宇宙旅行会社スペースアドベンチャーズは、ロシアの有人宇宙機「ソユーズ宇宙船」による約10日間のISS滞在旅行を提供している。
最大3名の参加者を乗せたソユーズ宇宙船は、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から、ソユーズロケットにより打上げられ、6時間~2日間かけてISSにドッキング。参加者は、ISSに10日間滞在し、無重力環境での生活を体験する。滞在期間中は基本的に、宇宙飛行士の活動に支障をきたさない程度で、自由に移動することが可能だ。その後、滞在期間を終えたら再びソユーズ宇宙船に乗り込み、地球に帰還するというスケジュールで実施される。
ISSでの実際の滞在期間は10日だが、往復の移動時間を含めると合計12日間のプログラムとなり、SpaceXが提供しているツアーよりも2日長い。
さらに、同社はISS滞在旅行のほかに、大気圏内での無重力体験ツアーや、地上での宇宙飛行士訓練体験ツアーなど、さまざまなプログラムを提供している。今後ソユーズ宇宙船を使った月周回旅行も計画中だ。
同社はロシア宇宙局と契約し、2001年4月に米国の大富豪デニス・チトー氏を宇宙に送り届け、民間人初となる宇宙旅行を実現させた。これを皮切りにして、これまでに9名の宇宙旅行を成功させている。
また、2021年12月に実施された前澤友作氏の日本人初となる民間宇宙旅行をサポートしたのも同社だ。
ツアー料金は公表されていないが、ざっと数十億円とみられる。
Blue Origin「夢と感動であふれる11分のフライト」
アマゾンの創業者で元最高経営者(CEO)のジェフ・ベゾス氏が設立したBlue Originは、完全再利用型ロケット「New Shepard(ニュー・シェパード)」による11分間の有人宇宙飛行サービスを提供している。
ニュー・シェパードは、最大6名が搭乗可能な「クルー・カプセル(宇宙船)」と独自開発のロケットブースター「BE-3PM」で構成されており、テキサス州の射場で高度約100kmの宇宙まで繰り返し飛行できる。
高度100kmに達すると、搭乗者は数分間の無重力状態を体験し、その後、パラシュートにより発射場へ着地するという流れだ。
同社は2012年からニュー・シェパードの打上げ試験を開始し、これまでに22回のミッションを連続で成功させている。
ツアー料金は公表されていないが、以前オークションで落札された初飛行のチケットは1席あたり約38億円だった。
ヴァージン・ギャラクティック「90分 6,300万円の特別な旅」
著名起業家でヴァージン・グループ会長のリチャード・ブランソン氏が設立したヴァージン・ギャラクティックは、自社開発の再利用可能な宇宙船「VSSユニティ(スペースシップの2号機)」による、高度80kmのサブオービタル旅行を提供している。
滞空時間は約90分。最大8名(うちパイロット2名)を乗せた宇宙船「VSSユニティ」は、母船「ホワイトナイト2」に運ばれながら滑走路を離陸した後、高度15kmからロケットエンジンに切り替えて時速4,000km超のスピードで一気に高度80kmに到達する。
搭乗者は、船内に施された17枚の窓から青々とした地球の姿を眺めながら、ベルトを外して約4分間の無重力状態を体験できる。
なお、同社のツアーに参加するためには、3日間の事前トレーニングプログラムと専門医による健康診断を受ける必要がある。
ツアー料金は1人あたり45万ドル(約6,300万円)。
初の商業宇宙飛行ミッション「ギャラクティック01」は2023年6月下旬以降の実施が予定されており、その後も毎月飛行する計画だ。
スペースパースペクティブ「360度の宇宙パノラマ、1,600万円の贅沢な宇宙旅」
米宇宙ベンチャー企業のスペースパースペクティブは、気球型宇宙船「Spaceship Neptune(スペースシップ・ネプチューン)」による高度30kmの宇宙の旅を提供している。
「スペースシップ・ネプチューン」はスペースバルーン、予備降下システムおよびネプチューンカプセルで構成されており、参加者を乗せたカプセルは、再生可能な水素を燃料とするスペースバルーンによって宇宙へと運ばれる。
時速約19kmで2時間かけてゆっくりと上昇し、高度30kmまで到達。その後、2時間浮遊し宇宙の絶景を堪能したら、再び2時間かけて緩やかに降下し、船が待つ海に着水するというスケジュールだ。
カプセル内には、豪華なリクライニングシートやバーカウンターをはじめ、照明・音響システム、360度のパノラマ窓、高速Wi-Fi、トイレが完備されており、搭乗者たちは座席から立ち上がり自由に移動することができる。
合計6時間におよぶ宇宙旅行の料金は、1人あたり125,000ドル(約1,600万円)で、18歳以上であれば誰でも参加可能。
同社はすでに世界中で1,000名以上にチケットを販売しており、2024年のフライト分は完売している。現在購入できるのは2025年10月以降のフライトだ。
最初の商用飛行は2024年後半となる見込みで、海洋宇宙港「ボイジャー」またはフロリダ州スペースコーストの陸上から打上げられる。
宇宙旅行ビジネスを目指す日本の民間企業4社
宇宙旅行への関心が高まるなか、日本の民間企業も宇宙旅行の実現に向けて動き始めている。以下では、独自の技術力を駆使し、より未来志向の宇宙旅行ビジネスを築き上げることを目指す宇宙開発企業4社を紹介する。
岩谷技研「2023年度、気球による宇宙への旅を実現」
株式会社岩谷技研は「週末、宇宙行く?」が実現する世界を目指し、高高度ガス気球(スペースバルーン)による高度25kmの宇宙遊覧を計画している。
最新技術を活用した同社独自の特殊バルーンは、環境負荷の小さいヘリウムガスを使用。
また、安全で快適な宇宙遊覧を可能にするため、キャビン「T-10 Earther」には、骨格設計や機密構造に数々の特許技術が組み込まれている。
これにより、機内の気圧変化は旅客機より小さく、振動や揺れは新幹線よりも小さい。
さらに、地上と同じ1G(重力加速度)という身体負荷のため、特別な訓練を必要とせず、子どもから大人まで誰でも宇宙遊覧に参加できるという。
滞空時間は4時間。キャビンは2時間かけてゆっくりと上昇し、高度25kmで1時間滞在する。キャビンに施された直径150cmのドーム型窓から、眼下に広がる地球を眺めた後、再び1時間かけてゆっくりと降下し地上に着地するというスケジュールだ。
同社は、将来的に100万円台でのサービス提供を目指しているという。
早ければ2023年度中にも、気球による宇宙遊覧の商業運航を開始する予定だ。
PDエアロスペース「空港発、宇宙行きの再使用型スペースプレーン」
民間主導で宇宙飛行機(スペースプレーン)の開発を行う名古屋発宇宙ベンチャーのPDエアロスペース株式会社は、完全再使用型有人サブオービタル機「PEGASUS(ペガサス)」を用いた宇宙旅行サービスを計画している。
同社が開発している機体は翼を持ち、滑走路を用いて水平に離発着する航空機と同じスタイルの宇宙輸送システムだ。
ジェット燃焼とロケット燃焼を1つのエンジンで切り替えて作動させる「燃焼モード切替エンジン」を用いることで、一般の空港で離発着が可能だという。
機体の全長は32mで、最大8名(うち2名はパイロット)の乗客を乗せることができる。
機体は離陸後、空気が十分にある高度15kmまでジェットエンジンで上昇し、高高度の大気が薄くなってきた段階でロケットエンジンに切り替える。その後エンジンを停止させ、高度80kmに到達したところで4分間無重力状態を体験し、再び地上に戻ってくるというスケジュールを予定。
地上を出発し帰還するまでにかかる時間は全体で90分と見込まれている。
現段階でのツアー料金は1人あたり3,500万円と公表されているが、将来的には、誰でも気軽に宇宙旅行ができるような価格帯でのサービス提供を目指しているという。
同社はまず、無人サブオービタル飛行で微小重力実験および高高度大気観測を実施する計画で、2030年4月以降に商業運航を開始する予定だ。
スペース・バルーン株式会社「50m超の巨大気球で“宇宙の入り口までの旅”を構想」
茨城発宇宙ベンチャーのスペース・バルーン株式会社は、宇宙と人類の間の最も身近にあるフロンティア「成層圏」へのガス気球による宇宙旅行を構想している。
同社が有人宇宙飛行のために開発するガス気球の大きさは、地上での直径が約50m超になると予測されており、最大20名の乗船が可能。
1時間かけてゆっくり高度30kmまで上昇した後、再び1時間かけて陸から約20~30kmの沖に着水させるという計画だ。
現段階でツアー料金は公表されていないが、最終的には1人100万円で宇宙旅行ができる未来を目指すとしている。
また、同社は2021年2月に成層圏大気球輸送システムの基地として、今までの概念を覆す新しい宇宙港「スペースポートIBARAKI」のコンセプトイメージを発表した。この宇宙港は、ロケット輸送を中心としたものではなく、成層圏と地球との間を巨大なガス気球が安全に行き来するための拠点として使われる。
同社の宇宙旅行と宇宙港はどちらもまだ構想の段階ではあるが、近い将来実現することを期待したい。
SPACE WALKER「高度100km以上の宇宙旅行、2029年の商業運航を目指す」
東京理科大学発宇宙ベンチャーの株式会社SPACE WALKER(スペースウォーカー)は、有翼式再使用型ロケット「ECO ROCKET」による高度100km以上のサブオービタル宇宙旅行を計画している。
同社が開発中のECO ROCKETは、再使用かつクリーン燃料を使用した持続可能なロケット。燃料には畜産排泄物から排出されるメタンガスを利用したバイオ燃料を使用し、宇宙と地球両方の持続可能性を追求した宇宙輸送システムだ。
現段階では、滑走路より水平離陸し、高度120kmまで上昇させた後、数分間宇宙空間に滞在するという旅程を計画している。
同社は、2029年以降にサブオービタル宇宙旅行の商業運航を開始する予定。
さらに、2030年代後半~2040年代にかけて、宇宙空間を経由した地上の2地点間高速輸送サービスや、月および火星と地球の行き来を自由に行える宇宙輸送サービスの提供を目指している。
今回は海外で先行する宇宙旅行ビジネスの現状と、国内で計画が進む宇宙旅行ビジネス構想を紹介した。旅先の選択肢に「宇宙」が加わることは、ビジネス市場だけでなく、人々の意識や社会にも大きな影響を与えそうだ。今後さらに宇宙旅行ビジネスが発展し、宇宙旅行が身近なものになることを期待したい。