2024年11月2日(土)から3日(日)にかけて、JAXA相模原キャンパスにおいて特別公開が開催された。2日は現地、3日はオンライン上での公開が行われたが、今回は2日に行われた現地公開の様子をご紹介する。
年に1度の特別公開ということもあり、参加できなかった方も多いことだろう。少しでも現地の雰囲気を感じ取っていただくとともに、来年以降の特別公開へ向けた予習としても活用いただければ幸いである。
目次
相模原キャンパスとは – 歴史ある宇宙科学の一大拠点
相模原キャンパスは神奈川県相模原市に位置し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)や宇宙教育センター、宇宙探査イノベーションハブといった組織が設置されている。
ISASは1981年4月に、東京大学宇宙航空研究所を改組し、全国の国立大学共同利用機関として発足した。そのため、当初は東京大学駒場キャンパスを本拠地としていたが、1989年4月に相模原へ移転し、以後宇宙科学の最先端を切り拓く前線基地として機能し続けている。
構内には研究開発を行うための大がかりな建物や施設がありつつも、それらと自然が一体となった景色が見られ、とても落ち着いた雰囲気を作り出している。
特別公開の様子 – 研究開発の最前線に触れる
特別公開では、いくつかの会場に分かれて展示が行われた。ここでは、会場ごとの特色ある展示やイベントを紹介しよう。
宇宙科学探査交流棟 – 研究者とVTuberのコラボライブ!
正門から進んで右に向かったところに、宇宙科学探査交流棟がある。交流棟は特別公開以外でも常時見学することができ、日本の宇宙科学のあゆみやロケット、探査機について、貴重な実物資料を間近で見ながら学ぶことができる。
特別公開の今回は、普段にはない「交流ステージ」が設けられ、ISASの若手研究者によるミニ講演会などが行われた。
中でも、宇宙業界ですっかりお馴染みとなったロケットアイドルVTuber宇推くりあさんとISASの研究者有志がタッグを組んだ「特別公開スペシャルライブステージ feat.宇推くりあ」は大盛況。相模原市出身のアーティスト[Alexandros](アレキサンドロス)の楽曲や、2020年のオンライン特別公開で初披露され、もはや恒例となった「探探探査」(「前前前世」の替え歌)などが披露された。
宇宙探査実験棟 – 月面模擬フィールドを間近で見学
交流棟の隣には、宇宙探査関連の研究開発、オープンイノベーション事業の拠点である宇宙探査実験棟がある。
実験棟内には世界有数の大きさを誇る、広さ400平方メートル・高さ10.5メートルの実験場「宇宙探査フィールド」があり、400トン超の珪砂(ケイ素を主成分とする硬く細かい砂で、月の砂であるレゴリスの模擬材としても使われる)を使って月や惑星の環境を模擬している。ちなみに、JAXA職員はフィールドのことを「砂場」と呼んでいるという。フィールドは普段ガラス越しでしか見学することができないが、特別公開ではフィールド内に入ることができた。
フィールド上には、2024年1月に日本初の月面軟着陸に成功した探査機「SLIM」が、実際の着陸姿勢と同じ横倒しで展示され、SLIMのスラスター(小型エンジン)が脱落した様子も再現されており、関係者のSLIMに対する愛が感じられた。
展示解説中には、人工太陽光照明灯による月面環境の再現が行われ、太陽光の当たる角度によって、月面がより立体的に見える様子を体感することもできた。
また、SLIMに搭載されていた超小型探査ローバー「LEV-1」と変形型月面ロボット「LEV-2」(愛称「SORA-Q」)も展示されていた。なお、フィールド近くの展示室には、SORA-Qの歴代試作機が並べられており、完成形に至るまでの試行錯誤の様子をうかがい知ることができた。
先端宇宙科学実験棟 – 次世代エンジンのまばゆい光を見学
宇宙探査実験棟からさらに奥に進むと、先端宇宙科学実験棟がある。ここでは、次世代の人工衛星・探査機に使用する「電気推進エンジン」の研究開発を行う試験設備が展示されていた。
電気推進エンジンは、水素と酸素を燃焼させるような「化学推進エンジン」とは異なり、電気の力で物質を加速して放出し、推力を得る。電気推進は化学推進に比べてとても燃費がよい(比推力が高い)ため、人工衛星の寿命延伸や、長期間航行する探査機の主エンジンとしての活躍が期待され、研究開発が進められている。
電気推進エンジンは宇宙空間で使用されるため、地上環境でそのまま試験を行うと、正確な値を得ることができない。そのため、試験設備である「真空チャンバー」には、宇宙環境と同じ高真空環境を再現するために「クライオポンプ」という排気能力が高いポンプが使用されている。
現在は電気推進のなかでも大きな推力を得られる「ホールスラスタ」とよばれるエンジンの試験が行われており、特別公開ではホールスラスタが稼働する様子をチャンバーのガラス窓越しに見学することができた。
実際にのぞいてみると、暗いチャンバー内で燃料であるキセノンが青白く発光している様子が観察でき、とても神秘的な光景であった。
風洞実験棟 – 音速の世界を間近で実感
先端宇宙科学実験棟を出てさらに進み、正門からいちばん奥の場所には、風洞実験棟がある。ここには、ロケットなどが大気中を高速飛行する際の空気の流れを観察するための「風洞設備」が1987年に設置され、音速周辺の速さを再現できる「遷音速風洞」と音速以上の速さを再現できる「超音速風洞」の2種で構成されている。
特別公開では、遷音速風洞が実際に稼働する様子を見学でき、高速の風を流す際の大きな音を感じることができたほか、試験体に当たった空気の流れが変化する様子をモニターで見ることができた。
また、風洞実験棟には、人工衛星・探査機が地球や火星といった惑星へ帰還する際への応用が期待されている「エアロシェル」も展示されていた。エアロシェルは大気圏突入時に展開され、大面積で空気を受け止めてブレーキをかけることにより、加熱の緩和と着陸衝撃の緩和を達成することができる。
直近では2023年12月に、観測ロケットS-520-33号機によって実験機(RATS-L)が打ち上げられ、直径2.5メートルのエアロシェル再突入・回収に成功している。なお、展示されていたエアロシェル模型の穴から顔を出して記念写真を撮ることもでき、撮影スポットとして賑わっていた。
この記事では、2024年11月2日に行われたJAXA相模原キャンパスの現地特別公開の様子を紹介した。毎年公開内容は変化するが、多くの施設は引き続き公開されるため、本記事を参考に来年度の特別公開にも訪れてみてほしい。最新の展示や研究者の解説は、きっと皆さんへ宇宙開発に関する新たな知見や驚きを与えてくれるはずだ。
著者プロフィール
加治佐 匠真(かじさ・たくま)
鹿児島県出身。早稲田大学卒業。幼い頃からロケットが身近な環境で育ち、中学生から宇宙広報を志す。2019年より宇宙広報団体TELSTARでライター活動を始め、2021年からはSPACE Mediaでもライターとして活動。2024年7月よりSPACE Media編集部所属。主にロケットに関する取材を全国各地で行う。主な取材実績にH3ロケット試験機1号機CFT(2022)、イプシロンSロケット燃焼試験(2023、記事)、カイロスロケット初号機(2024、記事)など。